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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)461号 判決 1969年10月30日

控訴人

株式会社土田ビルディング

代理人

土田吉清

被控訴人

株式会社テレビ西日本

被控訴人

田中子玉

右両名代理人

和智昂

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

第一(本訴について)

一、控訴会社が昭和三三年五月三一日被控訴会社に対し控訴人主張の通称土田ビルディング(本件建物)の二階一室二一坪を賃料一ヵ月七四、〇〇〇円、毎月二五日までに翌月分持参払い、賃貸期間五年の約定で賃貸し、なおそのさい被控訴会社から建設協力保証金名下に三〇〇万円の支払いを受けたこと及び被控訴人田中子玉が前同日控訴会社に対し被控訴会社の右賃貸借契約上の債務につき連帯保証をしたことは当事者間に争いがない。

二、控訴会社は本訴において右賃貸借契約に基く賃料(昭和三四年四月一日から同年五月五日までの分)と賃料相当損害金(控訴会社が契約を解除した翌日であるという同月六日から被控訴会社が賃借部分を明渡した昭和三七年一二月二五日までの分)を請求するのに対し、被控訴人らは、右賃貸借契約はその締結にさいし被控訴会社において要素に錯誤があつたから無効であり、右請求に応じられないと主張するので検討する。

(一)  まず、被控訴人らは右錯誤の内容として、被控訴会社としては当時控訴会社が本件建物を所有するものと信じ、これを重要な要素としてその二階貸室を賃借したにもかかわらず、控訴会社は所有権はもとより何らの処分権限も有しなかつたとの点を主張した上、このように「控訴会社が本件建物所有権を有しなかつた」との点については、控訴会社はいわゆる補助参加効によつてもはやこれに反する主張をなしえない旨主張するので、この点について考える。

訴外兵庫建設が被控訴会社を被告として大阪地方裁判所に本件建物所有権に基き本件貸室部分の明渡しと賃料相当損害金の支払いを求める訴訟を提起し(同庁昭和三四年(ワ)第五八三号建物明渡等請求事件)、右裁判は結局被告たる本件被控訴会社が敗訴して確定したこと、及び右訴訟中、本件控訴会社が民訴法六四条に基き被控訴会社のため補助参加をしたことは当事者間に争いがない。

右事実に、<証拠略>を綜合すると次の事実が認められ、他に反証はない。すなわち、被控訴会社は前記のとおり控訴会社から本件貸室を賃貸していたところ、昭和三四年二月頃兵庫建設から前記訴訟を提起された。兵庫建設の主張する請求原因は「本件建物は兵庫建設がこれを所有するところ、控訴会社は昭和三三年八月一日から本件貸室部分を占有している。よつて、その明渡しと右同日から明渡しずみまで一ヵ月五九、九六〇円の割合による賃料相当損害金の支払いを求める」というのであり、これに対し被控訴会社は「右所有権の帰属を否認する。本件建物は控訴会社が所有するものであり、被控訴会社は控訴会社から本件貸室部分を賃貸占有している。」旨答弁するとともに、昭和三四年九月一二日頃控訴会社に対し訴訟告知をした。告知当時における訴訟の程度は実質上の最初の口頭弁論期日である第二回期日(昭和三四年七月二〇日」において兵庫建設の訴状擬制陳述、被控訴会社の答弁書陳述、第三回期日は同年一〇月二三日に指定した、という段階であつた。控訴会社はその後第四回期日(昭和三五年七月七日)に現実に補助参加の申出をし、以後被控訴会社のため訴訟行為をしたが、結果は被控訴会社の全部敗訴の判決に終つた(昭和三八年四月二日。)そこで、控訴、被控訴両会社は控訴を申立て(大阪高等裁判所昭和三八年(ネ)第五三二、第六七七号)、ことに控訴会社は本件建物所有権の帰属に関し本訴と同じように「本件建物はもと日本鋼材(代表者は控訴会社の代表者と同じ土田吉清)が兵庫建設に建設を注文したところ、右請負契約は中途解除となつたためその出来形部分は約款二七条(末尾参照)により注文者日本鋼材の所有に帰したところ、控訴会社はその後これを同社から譲受け、建物を完成し、よつて本件建物を原始取得した。従つて、兵庫建設が本件建物を所有するものではない。」旨主張したが、控訴審はこれを容れず、一審同様本件建物所有権は、出来形段階から不動産の形態をなすに至るまで終始兵庫建設にあると判断し、昭和三九年七月二〇日控訴棄却の判決を言渡した。被控訴会社はこれを不服として控訴会社の補助参加の下に更に上告したが(最高裁判所昭和三九年(オ)第一二〇九号)、昭和四〇年五月二五日上告棄却となり、ここに右訴訟は被控訴会社の敗訴が確定した。

以上の事実関係によれば、控訴会社は前記訴訟の第一審の段階で被控訴会社から訴訟告知を受け、遅くともその第三回口頭弁論期日には補助参加することができたと解されるから、その時から右訴訟に参加したものとみなされうるのみならず(民訴法七八条)、第四回期日には現実に参加し以後上告審に至るまで被控訴会社のため訴訟を追行したものであり、その間被参加人たる被控訴会社が参加人たる控訴会社の訴訟行為を妨げ、またはこれに抵触する如き所為に出たり、被控訴会社がなしえざる訴訟行為を自ら怠つたと認められる事情はなく、かえつて、両社は右訴訟の唯一の争点である本件建物所有権の帰属について共同して兵庫建設と争つたことが認められる。

そうすると、控訴会社は以後被控訴会社との関係で同社敗訴の裁判の効力を受けること明らかである(民訴法七〇条)従つて、本件訴訟においてはもはや被控訴会社に対し、右裁判の理由中で説示された判断に反し「本件建物所有権は控訴会社に存する」旨の主張をなしえないものといわなければならない。

もつとも、民訴法七〇条所定の裁判の効力の性質をもつて既判力の主観的範囲の拡張と解し、それ故その効力は判決の前提事由たる事実または判断にまで及ぶものではない(右訴訟についていえば被控訴会社の本件貸室明渡義務の存在についてのみ控訴会社を拘束し、右義務を認める前提となつた貸室の所有権に関する判断についてまで効力は及ばない)との見解もあるが、右法条が補助参加人に対しても裁判の効力を認めた趣旨は、参加人の訴訟に参加して同人のため、ひいては共通の利害を有する自らのため、訴訟追行をなし、またはなしえた以上、その限りにおいて(同条の例外規定参照)、その訴訟の結果(被参加人敗訴の裁判)についても、共同で責任を負担し、もはや、後になつて被参加人に対しこれと異る主張をなしえないこととするのが公平であり、信義にも適うとの点にあり、判決によつて公権的に解決された紛争の蒸し返しを禁ずる趣旨の既判力とは自ら異るのであり、それ故その効力の及ぶ客観的範囲も紛争主題たる権利義務(訴訟物)だけでなく、その前提となつた認定事実や判断にも及ぶと解するのがその趣旨にもよく合致し、相当であると解すべきであるから、前記見解は採用しない。(殊に、本件では、控訴会社は前訴が未だその控訴審係属中の昭和三八年六月一一日早くも本訴を提起していることが記録上明らかであり、控訴会社としては被控訴人らをして本訴請求を納得させるためには<証拠略>によれば、被控訴会社は控訴会社に対し何もことさら賃料の支払いを怠つたわけではなく、前記のような紛争に巻き込まれた結果、二重払いの危険を避けるため、かねてから一日も早く兵庫建設と控訴会社ないしは日本鋼材との間の紛争解決を期待していたものであることが認められる―まずもつて前訴における兵庫建設の請求を全力で排斥すべき必要があつたのであり、この観点から前訴と本訴を彼此観察すると、控訴会社の前訴における補助参加は実質上は当事者参加にも比すべきものと考えられる)

また、本件のように前訴においてひとたび本件建物所有権が兵庫建設にあり、従つて控訴会社にはないと判断された以上、たとえ本訴において控訴会社が自社の所有権取得を理由あらしめる事実として前訴で主張しなかつた新たな事実を主張したとしても(控訴会社は当審で、日本鋼材の出来形所有権取得原因として附合の事実等を新らたに主張している)、もはや右参加効を覆えすことはできない。けだし、本体のような場合、参加効の及ぶ前訴裁判理由中の事実及び判断とは本件建物所有権の帰属が兵庫建設にあるか否かの点であつて、相手方である被控訴、控訴会社側において右所有権帰属と相反する事実(いわゆる積極的否認事実)として控訴会社に所有権がある旨主張するにつき、それを理由あらしめる事実として如何なる主張をしたかは何ら問うところではないと解すべきであるからである。

そうすると、本訴においては、本件建物所有権は少くとも前訴当時兵庫建設にあつたのであり、控訴人主張のように控訴会社がこれを原始取得したものでないことを既定の事実と認めなければならない。

なお、さらに控訴人は、仲裁判断主文第二項の命ずる弁済金の供託をしたことにより本件建物所有権を爾後取得したかのように主張するけれども、右支払いにより本件建物の所有権を取得するのは日本鋼材であり、控訴会社でないのみならず、成立に争いない乙第三号証の一、二と弁論の全趣旨によれば右主文は日本鋼材において兵庫建設に対し「仲裁判断送達の日から二週間以内に」一定金員を支払うと引換えに本件建物所有権を取得する旨判断したものであり、右仲裁判断は昭和三三年八月二七日になされ、その頃日本鋼材に送達されたことが認められるところ、控訴人は右期間内に支払つた旨の主張をせず、かえつて、控訴人の弁論の趣旨からみると控訴人主張の弁済供託は本訴が当審に係属している昭和四三年中になされたことが認められるから、右主張はそれ自体失当である。

以上のとおりであるから、控訴会社は結局被控訴会社に対し他人の物である本件貸室を賃貸したといわねばならない。しかして、前掲証拠によれば、控訴会社が本件建物につき他に別段の管理処分権を有するものでないことも明らかである。

(二)  そこで、被控訴会社の主張する前記錯誤の存否について検討する。

<証拠略>によると次の事実が認められる。被控訴会社はかねてから大阪市内に適当な事務所を求めていたところ、同社の従業員西山忠男が知人の紹介で本件貸室のあることを知り、よつて控訴、被控訴両会社の代表者が交渉の結果昭和三三年五月末日前記賃貸借契約を締結したものであるが、右契約にさいし、控訴会社代表者土田吉清は、既に前年の八月頃から本件建物建設について請負人兵庫建設と自分が代表者である注文主日本鋼材との間に紛争があり、現に大阪府建設工事紛争審査会で仲裁判断のための審理が続けられ(第一回期日は昭和三二年一〇月一九日)、本件建物(または出来形)所有権の帰属について双方はげしい応酬を繰り返していたにもかかわらず、何らこのことに触れず、当然控訴会社の所有であるかの如く振舞い、現に契約書にも控訴会社が所有する旨明示し(第一条)、さらにあたかも控訴会社が建物を建設したかの如く建設協力保証金名下に三〇〇万円の支払いを受け(このことは当事者間に争いがない)、それも将来賃料との相殺を禁じ、昭和三八年五月末日まで据置とし、以後毎年五月末日に三〇万円ずつ返還するが、二年以内に解除する場合は一割を控訴会社が収得する特約を付し、返済時の利息の定めもない等極めて控訴会社に有利な条件としていた。

従つて、被控訴会社としても本件建物は控訴会社の所有であることを信じて疑わず、現に前記のような紛争が係属していることも知らず、ましてその後自ら前訴の当事者となつてその渦中に巻き込まれることまでは全く予期せずして本件契約を締結したもので、もしこのような事情を知悉しておれば、前記のような条件の建設協力保証金を提供してまで敢えて本件貸室を賃借しなかつた。以上の事実が認められ、右認定事実に反する前掲控訴会社代表者本人尋問の結果は前記証拠に照らし措信せず、他に反証はない。右事実によれば、被控訴会社は、控訴会社が本件建物を所有し、または少くともその賃貸権限ありと信じたからこそ本件契約を締結したもので、同社としてはこの点において錯誤があつたと認められ、この錯誤は本件契約の内容に照らすと重要な部分に関するものということができる。

賃貸借契約は賃貸人が賃借人に対し目的物を使用収益させる債権関係であるから、、必らずしも賃貸人が賃借物を所有することを要件とするものでなく、他人の物の賃貸借も可能であることは控訴人主張のとおりである。しかし、賃貸借契約と一口にいつてもそれはもとより千差万別であつて、その目的物件、賃貸の動機、内容如何によつては賃貸人が賃借物を所有すること、または少くとも賃貸権限あることを契約成立上必須の要件となし、その旨明示または黙示の意思表示をする場合のあることもまた否みないところである。本件賃貸借契約において控訴会社が本件建物を所有する旨明示されており、それを前提として締結されたことは叙上のとおりであり、且つ賃貸物も会社の事務所として長期にわたり使用することを目的としたビルの二階部分であり、動産を寸借するが如き場合とは甚しく趣きを異にするもので、ことに前記のような建設協力保証金の提供を内容としている点等に照らすと右所有権の帰属の点はまさに契約の重要な要素をなしていると解すべきである。以上の判断に反する控訴人の主張は首肯し難い。

(三)  そうすると、本件賃貸借契約は要素に錯誤があつて無効であるといわなければならないから、その有効であることを前提とした控訴会社の被控訴人らに対する本訴賃料の請求及びその解除による原状回復義務不履行を原因とする賃料相当損害金の請求は爾余の判断をなすまでもなくすべて失当である、

(なお、右損害金請求をもつて所有権侵害に基く不法行為責任を原因とするものと解するとしても、控訴会社が建物所有権を有しないことは前説示のとおりであるからこの点において失当である)。

第二(反訴について)

次に被控訴会社の反訴請求について検討する。

被控訴会社が本件賃貸借契約締結にさいし控訴会社に対し建設協力保証金名義で三〇〇万円を差入れたことは前記のとおり当事者間に争いがないところ、右賃貸借契約が当初から無効であつたことも前説示のとおりである。そうすると、控訴会社は法律上の原因なくして三〇〇万円相当の利益をえ、因つて被控訴会社に同額の損失を及ぼしていること明らかであり、且つ、控訴会社の現存利益が右三〇〇万円を下廻ると認められる事情につき、特段の主張立証はないから、被控訴会社に対し右不当利得金三〇〇万円を返還する義務がある。控訴人は本件賃貸借契約と右建設協力保証金差入契約とは別個のものであり、前者の無効は後者の効力と無関係である旨主張するけれども、既に説示したとおり、右保証金の差入れは名実ともに本件賃貸契約の内容として右契約と不可分の関係でなされたものであることが明らかであるから、右主張は失当である(従つて、本件反訴は本訴と牽連性がないから不適法である旨主張する控訴人の本案前の抗弁もまた失当である)。

よつて、被控訴会社が控訴会社に対し右不当利得金三〇〇万円とこれに対する反訴状送達の日の翌日であること記録上明かな昭和四〇年一〇月二七日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める反訴請求は理由がある。

第三(結論)

よつて、これと同旨の原判決は相当で、本件控訴は失当としてこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(石井末一 竹内貞次 畑郁夫)

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